頭のツボ⑧―天衝・率谷・曲鬢・浮白・竅陰・完骨

頭のツボ、第8回です。今回は頭のライン、4行目です(参照 なぜ神庭・曲差・本神・頭維で一項目を設けたのか)。今でいうところの足少陽胆経に属するツボです。

『甲乙経』のツボの記載順序および頭のツボ①―神庭
頭のツボ②―曲差・本神・頭維
頭のツボ③ー上星・顖会および『甲乙経』のツボの配列規則
頭のツボ④―前頂・百会・後頂
頭のツボ⑤―強間・脳戸・風府
頭のツボ⑥―五処・承光・通天・絡却・玉枕
頭のツボ⑦―臨泣・目窓・正営・承霊・脳空

目次

頭縁耳上却行至完骨凡十二穴第五

天衝

各書の主治条文

医心主治条文
 頭痛痓癲疾互(引善)驚

甲乙主治条文
 痓互引善驚●天[1]衝主之(巻之七 太陽中風感於寒湿発第四)
 頭痛●目窓及天衝風池主之(巻之九 大寒内薄骨髓陽逆発頭痛第一)
 癲疾嘔沫●神庭及兌端承漿主之 其不嘔沫●本神及百会後頂玉枕天衝大杼曲骨尺沢陽谿外丘〈當上脘旁五分〉通谷金門承筋合陽主之〈委中下二寸合陽〉(巻之十一 陽厥大驚発狂癇第二)

外台主治条文
 頭痛癲疾不嘔沫痓互引善驚

[1] 頭注:他本天作太

主治条文の比較

医心頭痛痓癲疾    互引善驚
甲乙頭痛 癲疾   痓互引善驚
外台頭痛 癲疾不嘔沫痓互引善驚
復元頭痛 癲疾   互引善驚
  • 痓:『甲乙』に従い、この位置とします。

単位条文化

『甲乙』に従って単位条文化すると、次の3条文になります。

①頭痛。

②癲疾。

③痓、互引善驚。

③の「互引」は筋肉が互いに引き合っていること。ひきつり、痙攣。「驚」は、創医会学術部編『漢方用語大辞典』(2004年 第十版)によれば、”①ものごとにおどろき、心が動揺すること。心神が穏やかでなくなり、脈が結代したり、大きくなったり、一時止まったりする。②ものごとにおどろく。精神障害の一種で、特に驚愕、あるいは全身の痙攣をおこし、意識不明になる場合。痙攣を発する病の総称。脳性の痙攣をいう“ とあります。ここでは②の意味か。

率谷

各書の主治条文

医心主治条文
 醉酒風発而両角眩痛不能食飲煩満歐吐

甲乙主治条文
 醉酒風熱発両角〈一作両目〉眩痛不能飲食煩満嘔吐●率谷主之〈千金此条在風第〉(巻之七 六経受病発傷寒熱病第一中)

外台主治条文
 醉酒風発両角弦痛一云両目眩不能飲煩満嘔出

参考
『医心』、『外台』では「蟀谷」

『千金』巻三十
 率谷 主煩満嘔吐(心腹第二 嘔吐病)
 率谷 主醉酒風熱発両目眩痛〈甲乙不能飲食煩滿嘔吐〉(風痺第四 風病)

主治条文の比較

医心醉酒風 発而両角眩痛不能食飲煩満歐吐
甲乙醉酒風熱発 両角眩痛不能飲食煩満嘔吐
外台醉酒風 発 両角弦痛不能飲 煩満嘔出
復元醉酒風熱発 両角眩痛不能食飲煩満歐吐

単位条文化

『甲乙』に従って単位条文化すると、次の1条文になります。

①醉酒風熱発、両角眩痛、不能食飲、煩満歐吐。

『甲乙』では巻之七 六経受病発傷寒熱病第一中に記しており、傷寒(外感熱病)の症状としていますが、二日酔いの症状と思ってしまいます。
「酒に酔いて風熱発し」とあるので、飲酒後の風邪の侵襲と酒の熱により、風熱の症状が生じています。「両角眩痛」は、両側のこめかみの痛み、めまい。

曲鬢

各書の主治条文

医心主治条文
 頚頷𣛰満引歯牙口噤不開痛不能言

甲乙主治条文
 頚頷榰満痛引牙歯口噤不開急痛不能言●曲鬢主之(巻之十 陽受病発風第二下)

外台主治条文
 頸頷支満引牙歯口噤不開急痛不能言

主治条文の比較

医心頚頷𣛰満 引歯牙口噤不開 痛不能言
甲乙頚頷榰満痛引牙歯口噤不開急痛不能言
外台頸頷支満 引牙歯口噤不開急痛不能言
復元頸頷満痛引牙歯口噤不開急痛不能言
  • 榰:『医心』の「𣛰」は、「榰」の誤字と考え、『甲乙』に従い、「榰」とします。「支」と同義。

単位条文化

『甲乙』に従って単位条文化すると、次の1条文になります。

①頸頷榰満、痛引牙歯、口噤不開、急痛不能言。

くび、あごが腫れて、痛みが歯まで及び、口が閉じて開かず、強ばって痛み喋ることができない。くび、あごが腫れていることから耳下腺や顎下腺などの唾液腺が細菌、ウイルス感染により炎症を起こし、それがひどくなってしまったか。

浮白

各書の主治条文

医心主治条文
 足緩不収痿不能行歯牙齲痛不能言

甲乙主治条文
 歯牙齲痛●浮白及完骨主之(巻之十二 手足陽明脈動発口歯病第六)

外台主治条文
 足緩不収痿不能行不能言寒熱喉痺欬逆吐疝積胸中滿不得喘息胸痛耳聾嘈嘈無所聞頸項癰腫不能言及癭肩不能擧挙歯牙齲痛(下線部は「天容」の主治条文)

参考
『千金』巻三十
 浮白 主牙歯痛不能言(頭面第一 歯病)
 浮白 主足緩不收(四肢第三 脚病)

主治条文の比較

医心足緩不収痿不能行   歯牙齲痛不能言
甲乙           歯牙齲痛
外台足緩不収痿不能行不能言歯牙齲痛
復元足緩不収痿不能行   歯牙齲痛不能言
  • 不能言:『医心』、『千金』に従い、この位置とします。

単位条文化

『甲乙』に従って単位条文化すると、次の2条文になります。

①足緩不収、痿不能行。

②歯牙齲痛、不能言。

②はともかく、「浮白」は①の足が弛緩して歩行困難のような下肢症状も主治するようです。「浮白」以外で頭部のツボで下肢症状があるのは、「風府」「完骨」「天柱」です。「浮白」は耳まわりのツボという認識でしたが、もう少し後頭部よりのツボという認識の方がいいのかもしれません。もし「浮白」の主治条文の伝承に誤りがないのであれば。

竅陰

各書の主治条文

医心主治条文
 営疽発厲項痺痛引頚

甲乙主治条文
 頭[1]痛引頚●竅陰主之(巻之十 陽受病発風第二下)
 管疽発厲●竅陰主之(巻之十一 寒[2]気客於経絡之中発癰疽風成発厲浸淫第九下[3]

外台主治条文
 管疽発厲項痛引頸癰腫(下線部は「足竅陰」の主治条文)

[1] 頭注:他本頭作項
[2] 明抄本は「客」
[3] 明抄本は「第十」

主治条文の比較

医心営疽発厲項痺痛引頚
甲乙管疽発厲頭 痛引頚
外台管疽発厲項 痛引頸癰腫
復元疽発厲 痛引頸
  • 管:『甲乙』、『外台』に従います。
  • 項:『医心』、『外台』に従います。

単位条文化

『甲乙』に従って単位条文化すると、次の2条文になります。

①管疽発厲。

②項痛引頸。

①の症状は「脳空」にもみられました。鼻の中にできものができ、癘になる。

②うなじが痛み、痛みが前側の方まで及ぶ。『甲乙』で巻之十 陽受病発風第二下に記されていることを考慮すれば、風邪の侵襲によるものと思われます。

完骨

各書の主治条文

医心主治条文
 風頭耳後痛煩心癲(疾)僵仆狂瘧面有気歯牙齲(痛口喎)噼

甲乙主治条文
 㾬瘧●取完骨及風池大杼心輸上窌譩譆陰都太淵三間合谷陽池少澤前谷後谿腕骨陽谷俠谿至陰通谷京骨皆主之(巻之七 陰陽相移発三瘧第五)
 小便黄赤●完骨主之(腕骨の誤り)(巻之九 足厥陰脈動喜怒不時発㿗疝遺溺癃第十一)
 風頭耳後痛煩心及足不收失履口喎僻頭項搖瘈牙車急●完骨主之(巻之十 陽受病発風第二下)
 癲疾僵仆狂虚[1]●完骨及風池主之(巻之十一 陽厥大驚発狂癇第二)
 項腫不可俛仰頰中引耳●完骨主之(巻之十一 寒[2]気客於経絡之中発癰疽風成発厲浸淫第九下[3]
 耳鳴無聞●肩貞及完骨主之(腕骨の誤り[4])(巻之十二 手太陽少陽脈動発耳病第五)
 歯牙齲痛●浮白及完骨主之(巻之十二 手足陽明脈動発口歯病第六)
 喉痺●完骨及天容気舍天鼎尺澤合谷[5]商陽陽谿中渚前谷商丘然谷陽交悉主之(巻之十二 手足陽明少陽脈動発喉痺咽痛第八)

外台主治条文
 風頭耳後痛煩心足痛不収失履口喎僻頭項揺瘈牙車急癲疾僵仆狂虚面有気歯牙齲痛小便赤黄喉痺項腫不可俛仰頬腫引耳㾬瘧狂易

[1] 医統本は「虚」ではなく「瘧」
[2] 明抄本は「客」
[3] 明抄本は「第十」
[4] 『医心』『外台』ともに完骨に「耳鳴」なし。『医心』捥骨:「耳鳴」、『外台』腕骨:「耳鳴無聞」
[5] 原文:舎谷 頭注:舎乃合字誤

主治条文の比較

医心風頭耳後痛煩心                 癲疾僵仆狂瘧面有気歯牙齲痛      口喎噼
甲乙風頭耳後痛煩心及足 不收失履口喎僻頭項搖瘈牙車急癲疾僵仆狂虚   歯牙齲痛                喉痺項腫不可俛仰頰中引耳㾬瘧
外台風頭耳後痛煩心 足痛不収失履口喎僻頭項揺瘈牙車急癲疾僵仆狂虚面有気歯牙齲痛                喉痺項腫不可俛仰頬腫引耳㾬瘧狂易
復元風頭耳後痛煩心                 癲疾僵仆狂面有気歯牙齲痛足 不收失履口喎噼頭項揺瘈牙車急喉痺項腫不可俛仰頰引耳㾬瘧
  • 瘧:『医心』、医統本に従う。
  • 足不收・・・牙車急:「口喎噼」を含む「足不收・・・牙車急」は、『医心』に従いこの位置とします。
  • 腫:『外台』に従います。

単位条文化

①風頭耳後痛、煩心。

②癲疾僵仆、狂、瘧。

③面有気。

④歯牙齲痛。

⑤足不收失履、口喎噼、頭項揺瘈、牙車急。

⑥喉痺。

⑦項腫不可俛仰、頰腫引耳。

⑧㾬瘧。

①と⑤は『甲乙』では「及」で結んで一つの条文です。もともとは二つの条文だったものを風邪によるものと『甲乙』の編者は判断し、一つの条文にまとめたと考えます。

①風邪の侵襲による症状。頭、耳後の痛み、胸苦しい。

②『甲乙』では巻之十一 陽厥大驚発狂癇第二に記載されていることを考慮すると、陽気(熱)が上逆して下に降りず、脳に影響していると思われます。そのためてんかん発作で突然倒れたり、精神が異常となったり、悪寒発熱を繰り返したりの症状が生じています。

③顔面の浮腫。『千金』巻三十「完骨 巨窌 主頭面胕気腫」(心腹第二 水腫)、『素問』水熱穴論(61)「胕腫者.聚水而生病也」から、「気」は浮腫と解釈しました。

④虫歯の痛み。

⑤足に力が入らなくて歩けず、口が歪み、頭が揺れ、うなじがひきつり、あごが強ばる。『甲乙』によれば風邪による症状。脳血管障害後遺症か。(2022.11.10訂正)痙攣が起こっているか。

⑥のどの痛み。

⑦うなじが腫れ、首を前後屈できない。頬が腫れ、耳の方まで腫れる。

⑧の「㾬瘧」は、②の「瘧」と重なり省くことも考えましたが、このまま残しました。もともと②の条文があって、『甲乙』編纂時に総論的な意味で「㾬瘧」の項を立て、②の条文に基づいて「完骨」を記載した可能性もあります。

天衝・率谷・曲鬢・浮白・竅陰の位置について

現代の並びだと前から曲鬢・率谷・天衝・浮白・竅陰の順番ですが、『明堂』に記されている順番と異なります。『明堂』記載の位置は以下のようになります。

天衝 在耳上如前三分[1] 刺入三分灸三[2]壮〈素問気府論註云足太陽少陽之会〉
率谷 在耳上入髮際一寸五分 足太陽少陽之会 嚼而取之 刺入四分灸三壮
曲鬢 在耳上入[3]髮際曲隅陷者中皷頷[4]有空 足太陽少陽之会 刺入三[5]分灸三壮
浮白 在耳後入髮際一寸 足太陽少陽之会 刺入三分灸三[6]
竅陰 在完骨上枕骨下揺動応手 足太陽少陽之会 刺入四分灸五壮
完骨 在耳後入髮際四分 足太陽少陽之会 刺入二分留七呼灸三[7]

[1] 分:『甲乙』は「分」、『素問』気府論(59)王冰注は「分」。『医心』、『外台』、『千金』は「寸」。
[2] 三:『甲乙』は「三」。『医心』、『外台』は「九」。『素問』気府論(59)王冰注は「五」。
[3] 『医心』、『千金』は「入」の字なし。
[4] 明抄本は「額」。
[5] 『医心』は「四」。
[6] 『甲乙』は「二」。『医心』、『外台』、『素問』気府論(59)王冰注は「三」。
[7] 『甲乙』は「七」。『医心』、『外台』、『素問』気府論(59)王冰注は「三」。

天衝の位置が「耳上、前に如くこと三分」とあります。三分か三寸のどちらかという問題はありますが、少なくとも耳の前側です。現行の教科書(『新版 経絡経穴概論』第2版)では「耳介の付け根の後縁の直上、髮際の上方2寸。率谷の後方5分」とあり、耳の後ろ側です。これは現行の教科書が『銅人腧穴鍼灸図経』「在耳後入髪際二寸」に依っているからと思われます(WHO標準経穴部位が何に基づいているかを調べたらわかると思いますが、そこまでやっていません)。

率谷は現行の教科書と変わりありません。

曲鬢は現行の教科書では「もみあげ後縁の垂線と耳尖の水平線の交点」とあり、耳の前方に位置します。『銅人腧穴鍼灸図経』は『明堂』と同じく「在耳上入髮際曲隅陷者中鼓頷有空」とあります。曲鬢の「鬢」が「頬髪也」と『説文解字』にあることから、「鬢」=「頬髪」=「もみあげ」となって、今の位置になっているのでしょうか。しかし『明堂』には「耳上」とあり、率谷と浮白の間に曲鬢が位置付けられています。率谷と浮白の間で、耳上の、歯を噛んでガチガチ鳴らした時にできる凹みで探すのが妥当ではないでしょうか。とはいえ正直僕自身は、臨床している時にいちいちこんなツボの位置なんか考えて取ってませんね。だいたいこの辺りで常と異なるところを取っているだけですね。

浮白、竅陰は現行と大きく違いはなさそうです。

以上、天衝と曲鬢の位置の再検討でした。

参考 『経穴彙解』巻之一 頭面総図(京都大学附属図書館所蔵) https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00002149#?c=0&m=0&s=0&cv=22&r=0&xywh=-4368%2C0%2C15215%2C4319

『経穴彙解』巻之一 頭面総図

以上の内容は、ただの趣味です。学者としての訓練・教育・指導等は受けてはいませんので、多々誤りはあるかと思いますが、どうぞお付き合いください。誤り等ご指摘いただければ幸いです。

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