顔のツボ⑥―水溝・兌端・齗交
顔のツボの6回目です。今回は、鼻の下にある水溝、唇の上端にある兌端、歯茎にある齗交の『明堂』主治条文の復元をみていきます。
顔のツボ①―懸顱・頷厭・懸釐
顔のツボ②―陽白・攅竹・絲竹空
顔のツボ③―精明・瞳子髎・承泣
顔のツボ④―四白・顴髎・素髎
顔のツボ⑤―迎香・巨髎・禾髎
目次
面凡三十九穴第十
水溝
『医心』は「木溝」
各書の主治条文
医心主治条文
寒熱頭痛癲疾水腫人中盡満脣皮死手捲目不利口喎噼衂不止
甲乙主治条文
寒熱頭痛●水溝主之(巻之八 五臟伝病発寒熱第一下)
水腫人中盡満唇反者死●水溝主之(巻之八 水膚脹鼓脹腸覃石瘕第四)
口不能水漿喎僻●水溝主之(巻之十 陽受病発風第二下)
癲疾互引●水溝及齗交主之(巻之十一 陽厥大驚発狂癇第二)
睊目●水溝主之(巻之十二 足太陽陽明手少陽脈動発目病第四)
鼻鼽不得息不收洟不知香臭及衂不止●水溝主之(巻之十二 血溢発衂第七)
外台主治条文
(寒熱頭痛癲疾)互引水腫人中盡満脣反者死振寒手捲前僵鼻鼽不(能息鼻不)収洟不知香臭衂不止口木禁水漿(喎僻睊目)
主治条文の比較
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医心 | 寒熱頭痛癲疾 水腫人中盡満脣皮 死 手捲 目不利口 喎噼 衂不止 |
甲乙 | 寒熱頭痛癲疾互引水腫人中盡満唇反者死 睊目 口不能水漿喎僻鼻鼽不得息 不收洟不知香臭及衂不止 |
外台 | 寒熱頭痛癲疾互引水腫人中盡満脣反者死振寒手捲前僵睊目 口不禁水漿喎僻鼻鼽不能息鼻不収洟不知香臭 衂不止 |
復元 | 寒熱頭痛癲疾互引水腫人中盡満脣反者死振寒手捲前僵睊目目不利口不禁水漿喎噼鼻鼽不得息鼻不収洟不知香臭及衂不止 |
- 反:『甲乙』『外台』に従い採ります。
- 振寒手捲前僵:『医心』『外台』に従い採ります。
- 目不利:「睊目」に対する注?
- 不禁:『甲乙』に従います。参考『新雕孫真人千金方』巻三十「水溝齗交 主口不禁漿水喎僻」(頭面第一口病)
- 噼:『医心』に従います。
- 鼻:『外台』に従い採ります。参考『千金』巻30「水溝天牖 主鼻不收涕不知香臭」(頭面第一鼻病)
単位条文化
『甲乙』を参考に単位条文化すると、次の7条文になります。
①寒熱頭痛。
②癲疾互引。
③水腫、人中盡満、脣反者死。
④振寒、手捲前僵。
⑤睊目、目不利。
⑥口不禁水漿、喎噼
⑦鼻鼽不得息、鼻不収洟、不知香臭、及衂不止。
①寒熱頭痛。
悪寒発熱し、頭痛がする。
風寒邪の侵襲(感染症)。『甲乙』では巻之八 五臟伝病発寒熱第一下に置かれていることから、重症か。
②癲疾互引。
てんかん発作、ひきつけ。
③水腫、人中盡満、脣反者死。
水腫のために、人中(鼻の下)が尽くむくみ、唇が反り返っているものは死ぬ。
むくみしか書いていませんが、死に至ってしまうことから、心不全、腎不全、肝不全のいずれかによるむくみと思われます。
いずれにしても結局は局所の症状に対して使われています。
④振寒、手捲前僵。
寒さで身体がふるえ、拳を握り、突然倒れる。
てんかん発作か?実際寒さでふるえが起きているかはわかりませんが、何かしらの刺激により発作が起こり、けいれん、異常屈曲、転倒していると思われます。
⑤睊目、目不利。
「睊目」『諸病源候論』巻二十八に「睊目者、是風気客於瞼眥之間、與血気津液相搏、使眥目癢
而涙出、目眥恒湿、故謂之睊目」と目にかゆみがあり、涙が止まらない様を言っています。これは「睊」が「涓」の通仮字とした解釈です。
「睊」は「睊睊」で、目をそばたて視る様を意味する用法があります。「睊」を「涓」の通仮字とせず、そのままで解釈するならば、目が脇の方に向いてしまって見えにくいと解釈することができます。これは偏視の様を言っているのではないでしょうか。②④のように脳に障害があるために偏視が生じていると考えられます。
⑥口不禁水漿、喎噼。
顔面神経麻痺により顔が歪み、口を閉じることができず、水を口に入れてもこぼれる。
「口噤」で口を開くことができず、閉じたことを意味しますが、「口不禁」はその逆のことを言っていると考えます。「噤」と「禁」は音通。
⑦鼻鼽不得息、鼻不収洟、不知香臭、及衂不止。
鼻がつまって呼吸がしづらく、鼻水が止まらず、においがわからない。鼻血が止まらない。
鼻に関する症状をまとめて記しています。
兌端
各書の主治条文
医心主治条文
癲疾欧沫寒熱痓牙引脣吻強上齲痛
甲乙主治条文
痓互引唇吻強●兌端主之(巻之七 太陽中風感於寒湿発痓第四)
癲疾嘔沫●神庭及兌端承漿主之(巻之十一 陽厥大驚発狂癇第二)
上歯齲●兌端及耳門主之(巻之十二 手足陽明脈動発口歯病第六)
外台主治条文
寒熱鼓頷口噤癲疾吐沫寒熱痓互引脣吻強上歯齲消渇嗜飲目瞑身汗出衂血不止
主治条文の比較
医心 | 癲疾欧沫寒熱痓牙引脣吻強上 齲痛 |
甲乙 | 癲疾嘔沫 痓互引唇吻強上歯齲 |
外台 | 癲疾吐沫寒熱痓互引脣吻強上歯齲 寒熱鼓頷口噤消渇嗜飲目瞑身汗出衂血不止 |
復元 | 癲疾欧沫寒熱痓互引脣吻強上歯齲痛 |
- 欧:『医心』『甲乙』に従います。
- 寒熱:『医心』『外台』に従い採ります。黄龍祥は『黄帝明堂経輯校』において、『甲乙』巻之八 五臟伝病発寒熱第一下にある「寒熱●取五処及天柱・・・関元・・・崑崙主之」にある「関元」は「兌端」の誤りとしています。
- 互:『甲乙』『外台』に従います。
- 痛:『医心』に従い採ります。参考『千金』巻30「兌端目窓正営耳門 主脣吻強上歯齲痛」(頭面第一口病)
単位条文化
『甲乙』を参考に単位条文化すると、次の4条文になります。
①癲疾欧沫。
②寒熱。
③痓互引、脣吻強。
④上歯齲痛。
①癲疾欧沫。
てんかん発作となり、口から泡を吹く。
②寒熱。
悪寒発熱。
③痓互引、脣吻強。
けいれん、ひきつけで、唇が強ばる。
④上歯齲痛。
上歯が虫歯で痛む。
齗交
各書の主治条文
医心主治条文
風寒癲疾歯間血出(酸)歯木落痛口不可開鼻中息肉目不(明)
甲乙主治条文
痓煩満●齗交主之(巻之七 太陽中風感於寒湿発痓第四)
寒熱●取五処及天柱風池腰輸長強大杼中膂内輸上窌齗交上関関元天牖天容合谷陽谿関衝中渚陽池消濼少澤前谷腕骨陽谷小海1然谷至陰崑崙主之(巻之八 五臟伝病発寒熱第一下)
口僻●顴窌及齗交下関主之(巻之十 陽受病発風第二下)
癲疾互引●水溝及齗交主之(巻之十一 陽厥大驚発狂癇第二)
目痛不明●齗交主之(巻之十二 足太陽陽明手少陽脈動発目病第四)
歯間血出者有傷酸歯牀落痛口不可開引鼻中●齗交主之(巻之十二 手足陽明脈動発口歯病第六)
鼻中息肉不利鼻頭額頞中痛鼻中有蝕瘡●齗交主之(巻之十二 血溢発衂第七)
外台主治条文
痓煩満寒熱口僻癲疾互引目痛不明歯間出血者有傷酸歯尖落痛口不可(開引)鼻中鼻中息肉不利鼻頭頷䪼中痛鼻中有蝕(瘡)
[1] 原文:少海
主治条文の比較
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医心 | 風寒 癲疾 歯間血出 酸歯木落痛口不可開 鼻中息肉 目 不明 |
甲乙 | 寒熱癲疾互引歯間血出者有傷酸歯牀落痛口不可開引鼻中鼻中息肉不利鼻頭額頞中痛鼻中有蝕瘡目痛不明痓煩満口僻 |
外台 | 寒熱癲疾互引歯間出血者有傷酸歯尖落痛口不可開引鼻中鼻中息肉不利鼻頭頷䪼中痛鼻中有蝕瘡目痛不明痓煩満口僻 |
復元 | 風寒熱癲疾互引歯間血出者有傷酸歯牀落痛口不可開引鼻中鼻中息肉不利鼻頭額頞中痛鼻中有蝕瘡目痛不明痓煩満口僻 |
- 風:『医心』に従い採ります。
- 牀:『甲乙』に従います。「牀」=「床」
- 額頞:『甲乙』に従います。参考『千金』巻三十「齗交 主鼻中息肉不利鼻蝕瘡」(頭面第一鼻病)
- 痓煩満 口僻:『医心』が抜粋していないために後方に来てしまっていますが、もしかしたら本来もっと前の方に位置していたかもしれません。
単位条文化
『甲乙』に従って単位条文化すると、次の7条文になります。
①風寒熱。
②癲疾互引。
③歯間血出者、有傷酸、歯牀落痛、口不可開引鼻中。
④鼻中息肉不利、鼻頭額頞中痛、鼻中有蝕瘡。
⑤目痛不明。
⑥痓、煩満。
⑦口僻。
①風寒熱。
風邪の侵襲による悪寒発熱。
②癲疾互引。
てんかん発作、ひきつけ。
③歯間血出者、有傷酸、歯牀落痛、口不可開引鼻中。
歯の間から出血するのは、酸味に傷られてで、歯茎が痛み、口を開けられず、痛みが鼻まで及ぶ。
歯の間からではなく実際は歯茎から出血していると思います。
「落」は「絡」の通仮字か。
口が開かなくなったり、鼻の方まで痛むのは、歯周病や虫歯がひどくなってだと考えられます。奥歯の場合であれば顎関節の運動に影響します。また副鼻腔にまで炎症が広がって鼻の方まで痛むようになったと考えられます。
④鼻中息肉不利、鼻頭額頞中痛、鼻中有蝕瘡。
鼻の中に鼻茸ができて鼻の通りが悪くなり、鼻頭や額、鼻根部が痛み、鼻の中に腫物ができる。
鼻の症状をまとめたもの。鼻茸、鼻の中のできもの、副鼻腔炎。
⑤目痛不明。
目が痛み、よく見えない。
目の症状のみだけで「齦交」を使うか疑問。⑦口僻もあった上での使用か。だとすれば⑦は⑤の前あるいは後に来て、ひとつの条文になります。
⑥痓、煩満。
けいれんし、苦しみもだえる。
「満」=「懣」。「煩」は副詞と考えます。
⑦口僻。
口の歪み。顔面神経麻痺。
水溝、兌端、齗交は局所近辺の鼻や口歯の症状にも用いられていますが、てんかんやけいれんなどの脳、中枢神経の異常や熱病などの全身症状にも使われています。中心線上に位置するツボだからでしょうか。
まぁただ場所が場所だけに少なくとも現代では使いにくい。醒脳開竅法で水溝は使われてはいるけど、それぐらいか。腰痛で使う人がいるかも。
以上の内容は、ただの趣味です。学者としての訓練・教育・指導等は受けてはいませんので、多々誤りはあるかと思いますが、どうぞお付き合いください。誤り等ご指摘いただければ幸いです。
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