顔のツボ①―懸顱・頷厭・懸釐
今回から顔のツボです。今回は現代では足少陽胆経に属している懸顱、頷厭、懸釐の『明堂』主治条文の復元をみていきます。
頭のツボ⑩―頭のツボのまとめ
背中のツボ⑯―背中のツボのまとめ
目次
面凡三十九穴第十
懸顱
各書の主治条文
医心主治条文
熱病頭痛身熱甚者偏項痛引目外眥而急煩満汗不出
甲乙主治条文
〈千金1有熱病頭痛身重●懸顱主之〉(巻之七 六経受病発傷寒熱病第一中)
熱病頭痛引目外眥而急煩満汗不出引頷歯面赤皮痛●懸顱2主之(巻之七 六経受病発傷寒熱病第一中)
外台主治条文
熱病頭痛引目外眥而急煩満汗不出引頷歯面赤皮痛
参考
『千金』巻三十
懸顱主熱病頭痛身熱(熱病第五熱病)
[1] 頭注:千金二字衍誤
[2] 原文:懸釐 『聖済総録』巻192にこれに該当する『甲乙』引用文あり。懸顱に作る。『医心』『外台』も同様。懸顱に改める。
主治条文の比較
医心 | 熱病頭痛身熱甚者偏項痛引目外眥而急煩満汗不出 |
甲乙 | 熱病頭痛 引目外眥而急煩満汗不出引頷歯面赤皮痛 |
外台 | 熱病頭痛 引目外眥而急煩満汗不出引頷歯面赤皮痛 |
千金 | 熱病頭痛身熱 |
復元 | 熱病頭痛身熱甚者偏項痛引目外眥而急煩満汗不出引頷歯面赤皮痛 |
- 項:頭の間違いと思われます。「頷厭」「懸釐」はどちらも「偏頭痛」。
単位条文化
『甲乙』に従って単位条文化すると、次の1条文になります。
①熱病頭痛、身熱、甚者偏項痛、引目外眥而急、煩満汗不出、引頷歯、面赤皮痛。
熱病で頭痛がし、身体も熱し、熱が甚だしいと頭の片側も痛み(項は頭の誤りと解釈)、目尻まで痛みひきつり、胸苦しく、汗は出ず、顎、歯までひきつり、顔が赤く痛む。
外感熱病による症状。とくに頭の片側や顎、歯など頭面の側面に症状が出ています。
巨細胞動脈炎はどうかというとわかりません。
「面赤皮痛」顔のどこが赤く痛むのかがわかりません。ただのぼせているだけ?でも痛みがあるので何らかの炎症があるように思われます。
鼻や副鼻腔の炎症による頬の腫れ痛みか。ただ鼻づまり、鼻水の症状が書かれていません。
帯状庖疹なら皮膚症状を最初に記しているように思えるし、発疹を書いておいてほしい。
耳下腺炎?丹毒?
頷厭
各書の主治条文
医心主治条文
眩目无所見頭痛引目外眥而急耳鳴善啑頚痛身寒熱
甲乙主治条文
善嚏頭痛身熱●頷厭主之(巻之七 六経受病発傷寒熱病第一中)
目眩無所見偏頭痛引目外眥而急●頷厭主之(巻之十二 足太陽陽明手少陽脈動発目病第四)
耳鳴●百会及頷厭顱息天窓大陵偏歴前谷後谿皆主之(巻之十二 手太陽少陽脈動発耳病第五)
外台主治条文
善嚔頭痛身熱目眩無所見偏頭痛引目外眥而急耳鳴
主治条文の比較
医心 | 眩目无所見 頭痛引目外眥而急耳鳴善啑頚痛身寒熱 |
甲乙 | 目眩無所見偏頭痛引目外眥而急耳鳴善嚏頭痛身 熱 |
外台 | 目眩無所見偏頭痛引目外眥而急耳鳴善嚔頭痛身 熱 |
復元 | 目眩無所見偏頭痛引目外眥而急耳鳴善嚔頚痛身 熱 |
- 目眩:『甲乙』『外台』に従います。
- 偏:『甲乙』『外台』に従い採ります。
- 頚:『医心』に従います。
- 身熱:『甲乙』『外台』に従います。「懸顱」「懸釐」も「身熱」。
単位条文化
『甲乙』に従って単位条文化すると、次の3条文になります。
①目眩無所見、偏頭痛、引目外眥而急。
②耳鳴。
③善嚔、頚痛、身熱。
①目眩無所見、偏頭痛、引目外眥而急。
めまいがしてものが見えず、頭の片側が痛み、目尻まで痛みひきつる。
めまいは片頭痛に伴ったものと思われます。ものが見えないというのも片頭痛に伴った視覚異常と思われます。
②耳鳴。
③善嚔、頚痛、身熱。
よくくしゃみが出て、頸部が痛み、身体が熱する。
上気道感染症かと思います。頸部の痛みはリンパ節が腫れているためと思われます。
参考
『霊枢』口問(28)に
「黄帝曰。人之嚔者、何気使然。
岐伯曰。陽気和利、満于心、出于鼻、故為嚔。補足太陽榮眉本。一曰眉上也」
と、くしゃみに足太陽経栄穴(足通谷)と眉本(おそらく攅竹)を使っています。
懸釐
各書の主治条文
医心主治条文
発熱病頭痛引目外眥
甲乙主治条文
熱病偏頭痛引目外眥●懸釐主之(巻之七 六経受病発傷寒熱病第一中)
外台主治条文
熱病偏頭痛引目外眥耳鳴善嚔
参考
『千金』巻三十
懸釐1主面皮赤痛(頭面第一面病)
[1] 懸釐:おそらく懸顱の誤り。「懸顱」参照。
主治条文の比較
医心 | 発熱病 頭痛引目外眥 |
甲乙 | 熱病偏頭痛引目外眥 |
外台 | 熱病偏頭痛引目外眥耳鳴善嚔 |
復元 | 熱病偏頭痛引目外眥 |
- 熱病:『医心』の「発」は採りませんでした。
- 偏:『甲乙』『外台』に従い採ります。
単位条文化
『甲乙』に従って単位条文化すると、次の1条文になります。
①熱病、偏頭痛、引目外眥。
熱病で、頭の片側が痛み、目尻まで痛む。
懸顱と同様の症状。『外台』には頷厭にもあった「耳鳴」「善嚔」も書かれています。
顳顬について
『甲乙』巻三には各ツボの位置、刺激量等が書かれていますが、懸顱、頷厭、懸釐はそれぞれ「懸顱在曲周顳顬中」「頷厭在曲周顳顬上廉」「懸釐在曲周顳顬下廉」と書かれています。『千金』『外台』『医心』も同様です(『外台』で懸顱は「在曲周顳顬上廉」となっていますが、頷厭も「在曲周顳顬上廉」であり、懸顱は「在曲周顳顬中」の間違いと考えます)。
曲周は『医心が』引用している楊上善の注によれば「在曲頷骨上」。下顎骨の上方と考えられます。
顳顬はこめかみのこと。
この「顳顬」について『霊枢』『脈経』『千金』には次のように書かれています。
①『霊枢』熱病(23)
「熱病頭痛、顳顬目𤸪(⿸疒挈)脈痛1、善衂、厥熱病也。取之以第三鍼、視有餘不足、寒熱痔」
②『脈経』巻二 平三関病侯并治宜第三
「寸口脈緊、苦頭痛、骨肉疼、是傷寒、宜服麻黃湯発汗、針眉衝顳顬、摩治傷寒膏」
③『脈経』巻七 病可刺證策十三
「熱病頭痛、攝〈攝一作顳顬〉目脈緊、善衂、厥熱也。取之以第三針、視有餘不足、寒熱病」
④『千金』巻十傷寒下 傷寒発黄第五
「顳顬穴、在眉眼尾中間、上下有来去絡脈是、鍼灸之、治四時寒暑所苦疸気温病等」
⑤『千金』巻二十八平脈 三関主対法第六
「寸口脈緊、苦頭痛、是傷寒、宜服麻黄湯発汗、針眉衝顳顬、摩傷寒膏」
[1] 目𤸪脈痛:『太素』は「目𤸞(⿸疒𢍆)脈」、『甲乙』は「目脈緊」に作る。おそらく「痛」は衍字。
これらから「顳顬」は鍼を施す治療穴で、①③から診脈部位でもあり、第三鍼の鍉鍼を用いていたことがわかります。④から眉と目尻の間の脈の拍動部をみていたことがわかります。おそらく浅側頭動脈と思われます。
もともと「顳顬」という「脈」で診断、治療していたものが、三穴に分かれて、脈の中心を「懸顱」、上廉を「頷厭」、下廉を「懸釐」になったと考えられます。 なので、これら三つのツボの主治症には共通して似たような症状「熱病偏頭痛引目外眥而急」があり、これはもともと「顳顬脈」の主治症だったのだと考えられます。
参考 黄龍祥『中国針灸学術史大綱[増修版]』知音出版社 2002年 p502
さらに言えば、もともと①③のようにこめかみの拍動部で診脈していたものを、②⑤のように寸口の脈で診断するように変化したものと考えられます。三部九候診から寸口診へ診断部位への変遷等と関わっているように思いますが、その辺りについては十分に考察していないので、またの機会に考えたいと思います。
以上の内容は、ただの趣味です。学者としての訓練・教育・指導等は受けてはいませんので、多々誤りはあるかと思いますが、どうぞお付き合いください。誤り等ご指摘いただければ幸いです。
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