背中のツボ⑦ー脾兪・胃兪

脾兪・胃兪

背中のツボ、7回目です。今回は脾兪と胃兪です。

背中のツボ①―大椎・陶道・身柱・神道・至陽・筋縮
背中のツボ②―脊中・懸枢・命門・腰兪・長強
背中のツボ③―大杼・風門
背中のツボ④―肺兪・心兪
背中のツボ⑤―膈兪および膈兪と膏肓について
背中のツボ⑥―肝兪・胆兪

目次

背自第一椎両傍俠脊各一寸五分至下節凡四十二穴第八

脾兪

各書の主治条文

医心主治条文
 腹中気脹引脊痛食飲多身痩善吹食不下脇下満欲吐大腸転気按之如覆坏四胑急煩

甲乙主治条文
 熱痓●脾輸及腎輸主之(巻之七 太陽中風感於寒湿発痓第四)
 欬而嘔鬲寒食不下寒熱皮肉膚痛少気不得臥胸満支両脇鬲上兢兢脇痛腹䐜胸管暴痛上気肩背寒痛汗不出喉痺中痛積聚默然嗜卧怠堕不欲動身常温湿[1]〈一作愠〉心痛無可揺者●脾輸主之(鬲輸の間違い 「膈兪」参照)(巻之八 五臟伝病発寒熱第一下)
 脾脹者●脾輸主之亦取太白(巻之八 五臟六腑脹第三)
 腹中気脹引脊痛飲食而身羸瘦名曰食㑊〈一作晦〉●先取脾輸後取季脇(巻之九 脾胃大腸受病発腹脹満腸中鳴短気第七)
 大腸転気按之如覆極[2]熱引胃痛脾気寒四肢不啫[3]食●脾輸主之(巻之九 脾胃大腸受病発腹脹満腸中鳴短気第七)
 黄癉善欠脇下満欲吐●脾腧主之〈千金云身重不作動〉(巻之十一 五気溢発消渇黄癉第六)

外台主治条文
 腹中気脹引脊痛食飲多身羸痩名曰食晦先取脾兪後取季脅黄癉善欠脅下満欲嘔身重不動脾痛熱痓大腸転気按之如覆杯熱引胃痛脾気寒四肢急煩不嗜食痺脹

参考
『千金』巻三十
 脾輸大腸輸主腹中気脹引脊痛食飲多而身羸痩名曰食晦先取脾輸後取季肋
 脾輸主黄疸喜欠不下食脇下満欲吐身重不欲動
『医心』巻十三
 《明堂経》云脾輸二穴灸三壮主腹中気脹引脊痛食飲多身羸瘦名曰食晦注云晦月尽謂陰気尽陽気盛所以消食羸瘦

[1] 医統本「身常湿湿」
[2] 頭注:極乃杯字誤
[3] 頭注:啫乃嗜字誤 啫=⿰口者

主治条文の比較

医心腹中気脹引脊痛食飲多身 痩              善吹食不下脇下満欲吐     大腸転気按之如覆坏       四胑急煩
甲乙腹中気脹引脊痛飲食而身羸瘦名曰食㑊先取脾輸後取季脇黄癉善欠   脇下満欲吐     大腸転気按之如覆極熱引胃痛脾気寒四肢  不啫食熱痓脾脹
外台腹中気脹引脊痛食飲多身羸痩名曰食晦先取脾兪後取季脅黄癉善欠   脅下満欲嘔身重不 動大腸転気按之如覆杯熱引胃痛脾気寒四肢急煩不嗜食熱痓脾痛
復元腹中気脹引脊痛食飲多身羸瘦名曰食先取脾輸後取季脇黄癉善欠食不下脇下満欲吐身重不欲動大腸転気按之如覆熱引胃痛脾気寒四肢急煩不嗜食熱痓
  • 晦:『医心』巻十三『明堂経』引用文、『外台』、『千金』に従います。
  • 食不下:『医心』、『千金』に拠り、採ります。
  • 身重不欲動:『外台』、『千金』に拠り、採ります。
  • 杯:『外台』に従います。
  • 脹:『甲乙』に従います。

単位条文化

①腹中気脹、引脊痛。

②食飲多、身羸瘦、名曰食晦、先取脾輸、後取季脇。

③黄癉、善欠、食不下、脇下満欲吐、身重不欲動。

④大腸転気、按之如覆杯、熱引胃痛、脾気寒、四肢急、煩不嗜食。

⑤熱痓。

⑥脾脹。(訂正2023.01.15 敦煌本『明堂』腎兪の主治条文に「腎脹」なし。「肺脹」「心脹」「肝脹」「脾脹」「腎脹」は『甲乙』の編者が新たに加えたもので、もともとの『明堂』にはなかったものと考えられます。参照 「腎兪」

①お腹が脹って、背中にも及んで痛む。

②多く食べても身体が痩せる。これを食晦という。
「食晦」は『医心』巻十三『明堂経』引用文に「陰気尽、陽気盛、所以消食羸瘦」とあります。『甲乙』では「食㑊(⿰亻亦)」となっていますが、『素問』気穴論(58)に「大腸移熱於胃、善食而痩入、謂之食亦。胃移熱於胆、亦曰食亦」とあります。「食晦」=「食㑊」=「食亦」と考えていいと思いますが、熱が原因で食べても痩せる症状が起こっています。
①②は『甲乙』では一つの条文になっていますが、「腹中気脹」と「食晦」が合いません。というのも次の「胃兪」の主治条文にあるように「胃中寒脹」とあります。『霊枢』師伝(29)にも「胃中寒則腹脹」とあり、また同篇に「胃中熱則消穀」とあります。胃が冷えていると消化がうまくいかず、お腹が脹る。胃が熱していると消化がすすみ、お腹がすく。
①②は一つの条文ではなく、寒が原因である「腹中気脹、引脊痛」と、熱が原因である「食飲多、身羸瘦、名曰食晦」と分けるべきではないでしょうか。
「季脇」はツボでいえば「章門」のことでしょうか。

③黄疸。「善欠」とあくびをよくしていることから脳にも影響が出ています。「食不下」、「脇下満」、「身重不欲動」とあり、腹水が溜まっていると思われます。

④「大腸転気、按之如覆坏」腸にガスが溜まり、杯を逆さまにしたようにお腹が脹っている。確かに上腹部だけがボコッとなっていて、叩くと鼓音がする人をみます。ここでの「大腸」は、大腹部(上腹部)に大腸が、小腹部(下腹部)に小腸があるという見方にもとづいた、大腹部の大腸と解釈します(参考 遠藤次郎・中村輝子「漢方医学における大腸と小腸の再検討」『日本医史学雑誌雑誌』第三十九巻第二号, pp29-40, 1993年)。「転気」はボコッとなったガスのかたまりが動く様をおそらく言っています。(追記2023.01.19 「大腸」と「転気」に関すること)
『甲乙』では次の文とひとつになっていますが、ここで分けるべきでしょうか。とりあえずそのままにしておきます。
「熱引胃痛、脾気寒、四肢急、煩不嗜食」この文は「熱引胃痛、煩不嗜食」と「脾気寒、四肢急」のセットで考えるといいのではないかと思います。胃が熱により痛み、胸苦しく、食欲がない。脾が冷えて、四肢がひきつる。
脾と四肢に関して、『素問』太陰陽明論(29)に「四支皆稟気於胃、而不得至経。必因於脾、乃得稟也。今脾病不能為胃行其津液、四支不得稟水穀気。気日以衰、脈道不利、筋骨肌肉、皆無気以生、故不用焉」と、脾の働きにより、四肢に栄養が送られていると考えていたことがわかります。

⑤熱けいれん。

⑥『霊枢』脹論(35)に「脾脹者、善噦、四肢煩悗、体重、不能勝衣、臥不安」とあります。
「煩悗」を『太素』巻二十九、『千金』巻十五上は「急」とし、『甲乙』巻八は「悶」としています。「急」とするのがいいかもしれません。
「勝」と「臥不安」の字が、『太素』巻二十九、『甲乙』巻八、『千金』巻十五上にはみられません。「臥不安」は同篇に「心脹者、煩心短気、臥不安」とあり、誤って入った衍文かもしれません。
「不能(勝)衣」は腹水が溜まっているために、服が着られないということでしょうか。

胃兪

各書の主治条文

医心主治条文
 胃中寒食多身痩膓中満而鳴腹[1]䐜風厥胷滿歐吐脊急不能食

甲乙主治条文
 胃中寒脹食多身體羸瘦腹中満而鳴腹䐜風厥胸脇榰[2]満嘔吐脊急痛筋攣食不下●胃輸主之(巻之九 脾胃大腸受病発腹脹満腸中鳴短気第七)

外台主治条文
 胃中寒脹食多身羸痩腹中満而鳴腹䐜風厥胸脅支満嘔吐脊急痛筋攣食不下

参考
『千金』巻三十
 胃輸主腹満而鳴
 胃輸腎輸主胃中寒脹食多身痩羸
 胃輸主嘔吐筋攣食不下不能食

[1] 傍注:腸
[2] 原文:稽 頭注:稽乃榰字誤

主治条文の比較

医心胃中寒 食多身  痩膓中満而鳴腹䐜風厥胸  滿歐吐脊急      不能食
甲乙胃中寒脹食多身體羸瘦腹中満而鳴腹䐜風厥胸脇榰満嘔吐脊急痛筋攣食不下
外台胃中寒脹食多身 羸痩腹中満而鳴腹䐜風厥胸脅支満嘔吐脊急痛筋攣食不下
復元胃中寒脹食多 羸瘦中満而鳴腹䐜風厥胸脇榰満歐吐脊急痛筋攣食不下不能食
  • 身:『甲乙』にはこの後「體」がありますが、『医心』、『外台』、『千金』に従い、「體」は採りません。
  • 腹:『甲乙』、『外台』、『千金』に従います。
  • 不能食:『医心』、『千金』に従い、採ります。

単位条文化

①胃中寒脹。

②食多身羸瘦。

③腹中満而鳴、腹䐜。

④風厥、胸脇榰満、歐吐、脊急痛筋攣、食不下、不能食。

『甲乙』ではひとつの条文ですが、「脾兪」で考察したように、①は寒によるもの、②は熱によるものであり、また、おそらく③は寒によるもの、④「風厥(病名)」+症状と考えて、このように4つに分けてみました。

参考
『霊枢』師伝(29)「夫中熱消癉則便寒、寒中之属則便熱。胃中熱則消穀、令人懸心善飢。臍以上皮熱、腸中熱、則出黄如糜。臍以下皮寒、胃中寒則腹脹、腸中寒、則腸鳴飧泄。胃中寒、腸中熱、則脹而且泄。胃中熱、腸中寒、則疾飢、小腹痛脹」

①胃が冷えて脹る。

②多く食べても身体が痩せる。「脾兪」にあった「食晦(食㑊(⿰亻亦))」のこと。

③お腹が脹って鳴り、お腹が膨れる。

④『素問』陰陽別論(07)に
「二陽一陰発病、主驚駭、背痛、善噫善欠、名曰風厥」

『素問』評熱病論(33)に
「帝曰。有病身熱汗出煩満、煩満不爲汗解、此爲何病。
岐伯曰。汗出而身熱者、風也。汗出而煩滿不解者、厥也。病名曰風厥。
帝曰。願卒聞之。
岐伯曰。巨陽主気、故先受邪。少陰與其爲表裏也。得熱則上従之、従之則厥也」

『霊枢』五変(46)に
「黄帝曰。人之善病風厥漉汗者、何以候之。
少兪答曰。肉不堅、腠理疏、則善病風」

陰陽別論の「風厥」は二陽一陰(陽明厥陰)が問題、評熱病論の「風厥」は太陽少陰が問題で、汗が出るが、緩解しないとあり、両者は別物と考えられます。五変の「風厥」は汗が漉ることから評熱病論の「風厥」と同じと考えられます。
では、④の主治条文の「風厥」はどちらなのでしょうか。おそらく陰陽別論の「風厥」と思われます。④の「脊急痛筋攣」と陰陽別論の「背痛」、④の「歐吐」「食不下、不能食」と陰陽別論の「善噫」が対応していると考えます。
中医学だと肝胃不和、肝気上逆というのでしょうが、当時同じような概念があったかわかりません。
心下、胸脇部に熱がこもっていて、それが上や背部に影響しているように思えます。

以上の内容は、ただの趣味です。学者としての訓練・教育・指導等は受けてはいませんので、多々誤りはあるかと思いますが、どうぞお付き合いください。誤り等ご指摘いただければ幸いです。

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