胸のツボ④―気戸・庫房・屋翳・膺窓・乳中・乳根

気戸・庫房・屋翳・膺窓・乳中・乳根

胸のツボの4回目です。今回は胸骨の外側にある、今でいうところの足陽明胃経に属する、気戸・庫房・屋翳・膺窓・乳中・乳根の『明堂』復元主治条文をみていきます。

胸のツボ①―天突・璇璣・華蓋
胸のツボ②―紫宮・玉堂・膻中・中庭
胸のツボ③―兪府・彧中・神蔵・霊墟・神封・歩廊

目次

胸自気戸俠輸府両傍各二寸下行至乳根凡十二穴第十六

気戸

各書の主治条文

医心主治条文
 胸脇𣛰満喘逆上気呼吸肩息不知食味也

甲乙主治条文
 胸脇榰満喘満上気呼吸肩息不知食味●気戸主之(巻之九 肝受病及衛気留積発胸脇満痛第四)

外台主治条文
 胸脅支満喘逆上気呼吸肩息不知食味

主治条文の比較

医心胸脇𣛰満喘逆上気呼吸肩息不知食味也
甲乙胸脇榰満喘満上気呼吸肩息不知食味
外台胸脅支満喘逆上気呼吸肩息不知食味
復元胸脇榰満喘上気呼吸肩息不知食味
  • 逆:『医心』『外台』に従います。

単位条文化

『甲乙』に従って単位条文化すると、次の1条文になります。

①胸脇榰満、喘逆上気、呼吸肩息、不知食味。

胸、脇がつかえて苦しく、咳込み、肩で息をし、食べものの味がしない。

呼吸器症状。
「不知食味」は感染時、あるいは感染後の味覚障害でしょうか。

庫房

各書の主治条文

医心主治条文
 胸脇𣛰満欬逆上気呼吸多唾満1沫也

甲乙主治条文
 胸脇榰満欬逆上気呼吸多唾濁沫膿血●庫房主之(巻之九 邪在肺五臟六腑受病発咳逆上気第三)

外台主治条文
 胸脅支満欬逆上気呼吸多唾濁沫膿血

[1] 傍注:濁

主治条文の比較

医心胸脇𣛰満欬逆上気呼吸多唾満沫  也
甲乙胸脇榰満欬逆上気呼吸多唾濁沫膿血
外台胸脅支満欬逆上気呼吸多唾濁沫膿血
復元胸脇榰満欬逆上気呼吸多唾膿血
  • 濁:『医心』傍注、『甲乙』『外台』に従います。
  • 膿血:『甲乙』『外台』に従い採ります。

単位条文化

『甲乙』に従って単位条文化すると、次の1条文になります。

①胸脇榰満、欬逆上気、呼吸多唾濁沫膿血。

胸、脇がつかえて苦しく、咳込み、呼吸がせわしく、膿血の混じった痰が出る。

呼吸器症状。

屋翳

各書の主治条文

医心主治条文
 身腫皮痛不可近衣淫濼苛獲則久不仁也

甲乙主治条文
 身腫皮膚不可近衣淫濼苛獲久則不仁●屏翳主之(巻之十二 目不得眠不得視及多卧卧不安不得偃卧肉苛諸息有音及喘第三)

外台主治条文
 胸脅支滿欬逆上気呼吸多唾濁沫膿血身体腫皮膚不可近衣淫濼苛獲久則不仁(下線は庫房の主治条文)

参考
『千金』巻三十
 屋翳 主身腫皮痛不可近衣(心腹第二水腫)
『医学綱目』巻二十七 皮膚痛 『甲乙』引用文
 身腫皮膚痛不可近衣淫濼苛獲久則不仁●屏翳主之

主治条文の比較

医心身 腫皮痛不可近衣淫濼苛獲則久不仁也
甲乙身 腫皮膚不可近衣淫濼苛獲久則不仁
外台身体腫皮膚不可近衣淫濼苛獲久則不仁
復元身 腫皮不可近衣淫濼苛獲久則不仁
  • 痛:『医心』『千金』に従います。
  • 久則:『甲乙』『外台』に従います。

単位条文化

『甲乙』に従って単位条文化すると、次の1条文になります。

①身腫皮痛、不可近衣、淫濼苛獲、久則不仁。

身体が腫れて皮膚に痛みがあり、服を着られず、身体がひどく怠く、長引くと知覚が鈍麻する。

他の胸部のツボの主治症とは趣が異なります。
「苛獲」わからない。ただ「苛」に関して言えば、『素問』逆調論(34)に次のようにあります。

帝曰。人之肉苛者、雖近衣絮、猶尚苛也。是謂何疾。
岐伯曰。栄気虚.衛気実也。栄気虚則不仁、衛気虚則不用。栄衛倶虚、則不仁且不用、肉如故也。人身与志不相有、曰死。

※『甲乙』は「故」を「苛」に作る。

『素問』逆調論(34)

ここで「苛」は「不仁」の意味に使われています。後の「久則不仁」は「苛獲」の注釈か?

この主治条文は帯状疱疹のことを言っているのでしょうか?それだったら発疹の記述もあっていいように思います。

『甲乙』ではツボ名が「屏翳」となっていますが、「屏翳」は「会陰」の別名です。また「屏翳」は「尾翳」と字が似ており、「尾翳」は「鳩尾」の別名です。

『霊枢』経脈(10)には次のようにあります。

任脈之別、名曰尾翳。下鳩尾、散于腹。実則腹皮痛、虚則癢掻。取之所別也。

『霊枢』経脈(10)

「屋翳」の主治条文は、この条文の影響を受けているように思われます(参考 黄龍祥『中国針灸学術史大綱[増修版]』知音出版社 2002年 p514)。

膺窓

各書の主治条文

医心主治条文
 胸脇腫痛乳㿈寒熱短気臥不得安也

甲乙主治条文
 乳癰寒熱短気臥不安●膺窓主之(巻之十二 婦人雑病第十)

外台主治条文
 胸満癰腫乳癰寒熱短気臥不安

参考
『千金』巻三十
 膺窓 主胸脇癰腫(心腹第二胸脇)
 膺窓 主腸鳴泄注(心腹第二脹満病)

主治条文の比較

医心胸脇腫痛乳㿈寒熱短気臥不得安也
甲乙乳癰寒熱短気臥不 安
外台胸満癰腫乳癰寒熱短気臥不 安
復元胸脇腫痛乳癰寒熱短気臥不
  • 胸脇腫痛:『医心』に従います。
  • 得:『医心』に従い採ります。

単位条文化

①胸脇腫痛。
②乳癰、寒熱短気、臥不得安。

①胸脇腫痛。
胸、脇が腫れて痛む。

②乳癰、寒熱短気、臥不得安。
乳房に腫物ができて、悪寒発熱があり、息切れし、横になっても落ち着かない。

胸部症状。②は乳腺炎と思われます。

乳中

各書の主治条文

医心主治条文
 此穴居処当乳中央故曰之禁不可灸灸之不幸生蝕瘡瘡中有膿血清汁者可治創中有瘜肉若蝕瘡者死

甲乙主治条文
 なし

巻之三「禁不可刺灸灸刺之不幸生蝕瘡瘡中有膿血清汁者可治瘡中有息肉1蝕瘡者死」

外台主治条文
 禁不可灸灸之生瘡瘡中有膿血清汁者可療瘡中有息肉若蝕瘡者死

[1] 医統本は「息肉」の後に「若」あり

主治条文なし

乳根

各書の主治条文

医心主治条文
 胸下満痛㿈腫乳㿈淒索寒熱痛不可按掻

甲乙主治条文
 胸下満痛膺腫●乳根主之(巻之十一 寒3気客於経絡之中発癰疽風成発厲浸淫第九下1
 乳癰淒索寒熱痛不可按●乳根主之(巻之十二 婦人雑病第十)

外台主治条文
 胸下満痛膺腫乳癰悽索寒痛不可按掻

参考
『千金』巻三十
 乳根 主胸下満痛(心腹第二胸脇)
 乳根 主膺腫乳癰淒索寒熱痛不可按(婦人病第八)

[1] 明抄本は「第十」

主治条文の比較

医心胸下満痛㿈腫乳㿈淒索寒熱痛不可按掻
甲乙胸下満痛膺腫乳癰淒索寒熱痛不可按
外台胸下満痛膺腫乳癰悽索寒 痛不可按掻
復元胸下満痛膺腫乳癰淒索寒痛不可按
  • 膺腫:『甲乙』『外台』に従います。
  • 熱:『医心』『甲乙』に従い採ります。
  • 掻:『医心』『外台』に従い採ります。

単位条文化

『甲乙』に従って単位条文化すると、次の2条文になります。

①胸下満痛、膺腫。
②乳癰、淒索寒熱、痛不可按掻。

①胸下満痛、膺腫。
胸の下が張って痛み、胸が腫れる。

②乳癰、淒索寒熱、痛不可按掻。
乳房に腫物ができて、寒気がひどく、悪寒発熱し、乳房の腫物が痛く、触ることができない。

胸部症状。②は乳腺炎と思われます。

気戸、庫房は呼吸器症状に、膺窓、乳根は胸脇の腫れや乳腺炎に使われており、いずれも胸部の症状に用いられています。屋翳はおそらく「任脈之別、名曰尾翳」の影響を受けて、主治症が皮膚痛、知覚鈍麻となっています。

以上の内容は、ただの趣味です。学者としての訓練・教育・指導等は受けてはいませんので、多々誤りはあるかと思いますが、どうぞお付き合いください。誤り等ご指摘いただければ幸いです。

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