鍼にはどんなものがあるか、どんなやり方があるか

前回、鍼灸の作用と適応について書きましたが、その中で鍼には色々な種類、やり方があると述べました。今回はそのことに関して少し詳しく書いていきます。

目次

そもそも「針」と「鍼」とは違うのか

「針」「鍼」どちらも「はり」「シン」と読みます。「はり」と言ったら小学校で習うのは「針」です。「鍼」の字を使うのは、「鍼灸」としての「鍼」ぐらいだと思います。
では「針」と「鍼」のどちらが正しいかというと、どちらでも問題はありません。新字体と旧字体の関係で意味は同じです。なので学校では新字体である「針」を教わります。また、日本では「鍼」の字が一般に用いられ、中国では簡体字の「针」が一般に用いられています。

ただ「針」と「鍼」では字の成り立ちが違います。
白川静『字通』によれば、「針は十に従うが、十はしん(はり)の小なるもので、象形」とあり、「辛」については、「把手のある大きな直針の形」とあります。「針」の字はものの形からできた字に「金」が組み合わさったものと考えられます。
一方「鍼」は、「声符は咸かん。咸に箴しんの声がある・・・鍼(針)・箴tjiəmは同声。材質は異なるも、同じくはりをいう。それで同義に用いる」とあります。どうやら「鍼」はtjiəmという音を表す字と「金」とが組み合わさったものと考えられます。
また、「針」と「鍼」とでは「鍼」の字のほうが古いようです。

ちなみに「咸」の字が口(サイ・祝詞を収める箱)と戉(エツ・鉞まさかり)から成り立っていて、聖器としての戉をもって、祝祷の器である口を封緘し祝祷の呪能を守る意味だから・・・と「咸」の字の意味から「鍼」の意味をどんどん拡大解釈しているものも見受けられますが、これはおもしろくはあるけれども、根拠としては乏しいです。もしそうだとしたならばそのような意味で用いている例を探し古典資料から出す必要があります。あくまで「鍼」における「咸」は発音だけを表す符号であって、「鍼」の意味とは無関係だと思います。

鍼にはどんなものがあるのか

九鍼

『素問』『霊枢』(約2000年前に書かれた医学論文集)によれば、鍼はもともと「余分な血液を取り去る」とか「化膿した部分を切開する」とかに用いられていたようです。その後、病に対して治療方法を工夫していくわけですが、道具を工夫して「九鍼」と呼ばれる九種類の鍼が登場しました( 鑱鍼ざんしん員鍼えんしん鍉鍼ていしん鋒鍼ほうしん鈹鍼ひしん員利鍼えんりしん毫鍼ごうしん、長鍼、大鍼)。『霊枢』に「九鍼」のことが主に書かれているのですが、文字だけで図がありません。出土資料もありません。後世、元や明の時代に図が描かれましたが、実際にこの形だったかは疑問です。参考までに図を下に2枚載せておきます。結局原文からの形を類推するしかないのですが、「九鍼」と言っても似たような形のものがあるので、どう使うかの方が重要だったかもしれません。また、「九」という数字が「最も大きな数字」「縁起の良い数字」ですので、「九」という数字にこだわっただけで、実際には九種類の鍼なり使い方なりがあったかどうか疑問です。

『古今医統大全』(明、徐春甫)
『類経図翼』(明、張介賓)

教科書的には九鍼は以下のように大きく分類されます。

  1. 破る鍼―鑱鍼、鋒鍼、鈹鍼(出血、切開する鍼)
  2. 刺入する鍼―員利鍼、毫鍼、長鍼、大鍼(長さ、太さがそれぞれ異なる)
  3. 刺入しない鍼―員鍼、鍉鍼(接触、按圧、撫でる鍼)

現在でもよく用いられているものは毫鍼、鍉鍼、鋒鍼です。また小児鍼として鑱鍼がよく用いられています。古代では出血させるのに使われていましたが、現在は出血あるいは刺すことはなく、広い面を撫でるのに使われています。

毫鍼が現在最もよく使われる鍼です。太さが0.12~0.35mm(髪の毛の太さの倍くらい)、長さが15~60mm、材質は銀や金を使う人もいますが、ステンレス製の使い捨ての鍼が今は主流です。

鍉鍼は刺さずに皮膚に接触させ、按圧したり、撫でたりする鍼です。材質としては金、銀、銅、ステンレスだけでなく、チタンや木、水晶などを使う人もいます。

鋒鍼は現在「三稜鍼」と呼ばれて使われています。極々少量の出血をさせることによって、身体の状態を良くする「刺絡」という方法に使う鍼です。「刺絡」は現代医学では注目されることのない微小循環の改善に直接アプローチできる方法です。

その他(火鍼、打鍼、円皮鍼)

他には火鍼かしん打鍼だしん、円皮鍼(皮内鍼)などがあります(やり方に含まれるかもしれませんがこちらに記載)。

火鍼は『素問』『霊枢』のなかでは「燔鍼ばんしん」「焠刺さいし」、『傷寒論』では「焼鍼」とも言われています。九鍼に含まれる大鍼は火鍼の間違いではないかという説があります。火鍼は熱に強いタングステン合金の鍼を火(アルコールランプ)であぶって刺す鍼です。基本的には速刺速抜で、文字通りすばやく刺して、すばやく抜きます。絵的にはもう何かの拷問にしか見えないかもしれませんが、実際受けてみると大したことはありません。一瞬で終わります。刺す瞬間に「ジュッ」と音がしますが、痛みはほとんどなく、あとからじんわり温かくなってきます。慢性腰痛、関節痛など筋の痛み、こり、あるいはウオノメ、イボに対して使えます。熱をもっている、炎症がおきている患部にはできません。

火鍼

打鍼は戦国時代から安土桃山時代に登場、発達した日本独自の鍼です。とくにお腹に対して行います。鍼を立てて、小槌で鍼を叩きます。鍼は刺すタイプのものと刺さないタイプのものがありますが、刺すタイプでも1mmも刺さらず、痛みはありません。刺して効かせるというよりは、振動を与えることで効かせます。小槌を叩くリズムや強さの加減、鍼を持っている手の鍼の締め具合、鍼の材質、形、小槌の材質や形で感じ方、効き方が変わってくるので非常におもしろいです。江戸時代の打鍼のある流派はお腹だけですべて治療していたようですが、お腹にこだわらずに背中や四肢にも使えます。

鍼と小槌。刺さないタイプの鍼は鍉鍼としても使えます。

皮内鍼あるいは円皮鍼とはごくごく短い鍼(皮内鍼なら5mm前後、円皮鍼なら1mm前後)を皮下にとどめておく鍼です。皮内鍼は皮膚面に対して水平ぎみに斜めに刺して、テープで固定します。一方、円皮鍼はテープと一体化していて、平たく言ってしまえば画鋲みたいに皮膚面に対して垂直に刺してとどめておきます。皮内鍼は赤羽幸兵衛(1895-1983)によって考案されたものです。今は皮内鍼の変形である円皮鍼の方が扱いやすいので、広く使われています。

鍼にはどんなやり方があるのか

ここでは主に毫鍼を用いたやり方を記します。

先程も言いましたが毫鍼は現在最もよく使われる鍼で、使い方も幅広いです。刺すだけでなく、刺さないやり方もあります。効かせようと思ったら毫鍼が一番難しいと僕は思っています。

刺さないやり方

刺さる鍼を敢えて刺さずに使います。鍼で皮膚を撫でたり、鍼先を当てたり、鍼を皮膚に接触させます。とくに小児に対して行われることが多いですが、どんな人に対しても使えます。ざらざらしていた皮膚表面がさらさらになったり、汗をじんわりかいたり、逆に汗が落ち着いたり、不思議と効果があります。気持ちのいい鍼です。代表的なやり方の一つとして「散鍼」と呼ばれるテクニックがあります。
「散鍼」は、鍼先を皮膚面に刺さるか刺さらないかくらいに当てる感じです。鍼を持っている反対の手で撫でながら、タイミングよく鍼先を皮膚に当てます。鍼を持っている手の技術ももちろんそうですが、撫でている手が柔らかく、滑らかに動かせるかが非常に重要となり、左右の手が協調して細やかな動きのできる技術が必要になります。「散鍼」は独特で微妙な感触で、受けていて気持ちのいいものです。もちろん施術側の技術が問われます。

はじめにどう刺入するか―管鍼法と撚鍼法

管鍼法は江戸時代に登場、発達したものです。管に鍼を入れて、管からはみ出ている鍼の頭を指で叩いて、鍼を刺入します。管を使うことによって刺入が簡単にかつ無痛に近くできるので、今でもよく使われています。現在では、管は最初の刺入のために使われる道具という認識ですが、この管を使っての手技もあります。

撚鍼法は管を使わずに刺入する方法で、管が登場する以前はこの方法でした。現在も中国では、各種の独特な手技で刺入します。

刺入したあとどうするか―手技

次に鍼を刺入した後になりますが、目的の深さまでどう到達するか、到達した後どうするか、どう鍼を抜くか、の三期に分けて説明します。

  1. 目的の深さまでどう到達するか
    目的の深さまで、そのままスーッとまっすぐ向かうやり方、何回かに分けて入れていくやり方、「 雀啄じゃくたく」と言って、上下に細かく鍼を進退させるのを混ぜながら入れていくやり方、「旋捻せんねん」と言って、左右に鍼を半回転ずつ程度ひねりながら入れていくやり方などがあります。患者さんの呼吸に合わせて行います。入れていくスピードも大事です。
  2. 到達した後どうするか
    到達した後はその場で「雀啄」したり、「旋捻」したり、鍼を撓ませたり、鍼頭を指で弾いたりして振動を与えたり、これらを組み合わせたりします。これも患者さんの呼吸に合わせて行います。あとは到達した後は何もせずすぐ抜く方法や、到達した後、しばらくの間鍼を留めておく「置鍼」があります。この「置鍼」が多くの治療院で行われているかと思います。この置鍼した鍼に電気を流す方法もあります。
  3. どう鍼を抜くか
    1と同じように、そのままスーッと抜くやり方、何回かに分けて抜いていくやり方、「雀啄」を混ぜながら抜くやり方、「旋捻」しながら抜くやり方などがあります。患者さんの呼吸に合わせて行います。抜くスピードも大事です。抜いた後に鍼孔を閉じたり、閉じなかったりとかあります。

ざっくりと鍼を刺した場合のやり方を述べましたが、大事なのはツボにしっかり鍼を当てることだと思います。何も反応のないところをいくらやっても効果は薄い印象があります。ひとつひとつ丁寧に、ツボの反応を感じながら鍼をすることが大事と思い、施術しています。

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