刺絡(しらく)について。世界中で昔から行われていた治療法

刺絡(しらく)についてご存知の方は少ないと思います。鍼灸の学校でもあまり取り扱われません。

今回は、刺絡とはどんな施術法なのか、その効果や道具について書いていきます。

目次

刺絡とは

刺絡とは、うっ滞した血液を取り除き、血液の循環を改善することで、症状の緩和や解消、病気の治療、予防などを図る方法です。
血液循環の目的は、体外からの刺激、変化に対して体内環境を一定に保つためで、この目的は毛細血管での物質交換によって達成されます。体外から得た栄養や酸素が細胞に与えられ、細胞からは不要になった物質や二酸化炭素が排出されます。
うっ滞した血液を取り除いて、毛細血管での物質交換を滞りなく行われるようにすることで、からだの持つ治ろうとする力を促します。

鍼灸・漢方医学のひとつの考え方に、身体のすべての異常は「気血の不通」によって発生するというのがあります。この考え方に従えば、気血の滞りを治してやれば病気は治っていくことになります。

中国に賀普仁先生という老中医がいらっしゃいました。その先生が提唱した「三通法」というものがあります。「不通」を治す手段を3つに分類しました1)

  1. 微通法
    毫鍼(一般の鍼)を用いて気血を通じさせる方法
  2. 温通法
    灸や火鍼で温めて気血を通じさせる方法
  3. 強通法
    刺絡により瘀血(血の滞り)を除去して気血を通じさせる方法

このように刺絡を最も強く気血を通じさせる方法と位置付けています。刺絡は瘀血そのものを直接取り去ることになるので、瘀血を治す手段としては強力な治療手段です。

刺絡の効果

簡単に刺絡の効果を以下に記します。

  1. 解熱
  2. 鎮痛
  3. かゆみの軽減
  4. 腫れの軽減
  5. 麻痺、しびれ感の軽減

その他、救急時に井穴刺絡などがあります。

注意点

刺絡が対象とする部位は深部や大血管ではなく、皮膚や毛細血管であり、出血量も極少量なので安全ですが、出血させる以上、危険はあります。
感染に注意が必要です。滅菌、消毒、標準予防策などの対策は絶対です。
血友病や紫斑病など止血機序に障害がある人、全身状態が甚だしく悪化している重篤な状況の場合はできません。
持病のため抗血栓薬を服用している場合は、血が止まりにくくはありますが、全く止まらないことはないので可能です。
血小板数や貧血の傾向がないか、出血傾向の度合いがどうか、などが刺絡をするうえで必要な情報になります。

刺絡は世界中で昔から行われていた治療法

刺絡というと正確ではないですが、世界中の伝統医療には共通して、皮膚に針や鋭利な刃物を刺して、血液を出すことで治療する方法があります。

ギリシャでは、医学の父ヒポクラテス(前460頃~前375頃)が著したとされる『ヒポクラテス全集』には、瀉血治療に関する記載が随所に見られます。
その後、古代における医学の集大成をなしたガレノス(129頃~199)が瀉血を推奨。ギリシャ医学の知識はアラブ・イスラムの伝統医学であるユナニ医学に引き継がれ、薬以外の治療法として瀉血が行われていました2)

またガレノス医学は西にも伝わり、19世紀初頭まで瀉血療法は西洋医学の治療法の中で中核的な位置を占めていました。
皮膚の皮静脈(緊縛した状態で)に刺して、血液を出す方法で、静脈切開とも呼ばれていました。瀉血された血液量は、一人数百ccから場合によっては2、3リットルもあったようで、生命の危険にさらされることもありました。有名なのはワシントン大統領です。彼は12時間以内に合わせて2リットル強もの瀉血がなされました3)。これにより全身状態が悪くなって死亡したのではないかと言われています。

古代インド医学のアーユルヴェーダでは、ラクタモークシャナと呼ばれる血液を出す方法が体系化されています。西洋的な静脈切開や患部にヒルを付けて吸血させるヒル療法、吸角法などが、各人の体質や疾病の状態に応じて適宜行われていました4)

古代中国でも血液を出す方法が重視されていました。中国医学の原典である『素問』『霊枢』にも記載が多くみられます。とくに『素問』三部九候論篇には「必先去其血脉.而後調之」、『素問』血気形志篇には「凡治病.必先去其血.乃去其所苦.伺之所欲.然後寫有餘.補不足」とあり、他の療法に先行して、まず血を取り除けと記してあります。

このように血液を出す治療法は世界中で(少なくともユーラシア大陸では)古くから行われていました。
19世紀中頃より、ウィルヒョウ(1821-1902)による細胞病理学説、パストゥール(1822~95)やコッホ(1834~1910)などによる細菌学が主流となり、それまでの体液病理学説に取って代わった結果、瀉血療法は現在衰微となっています。

血液量には当然注意する必要がありますが、世界中の伝統医療に共通して行われていたものを簡単に捨てるのはもったいないのではないでしょうか。それなりの効果が認められていたから行われていたのではないでしょうか。伝統医療の発想は活かして、安全に行えるようにすることが大切だと思います。

刺絡に使う道具

簡単に道具を説明して、次に実際にどんなことをするのかを説明します。

バネ式三稜鍼

皮膚刺絡、井穴刺絡に使います。
管の中にバネが入っており、刺さっているのは一瞬です。管から飛び出る鍼尖の長さが調整でき、刺さる深さは1~2mm程です。管で圧迫されるため鍼の痛みはありません(管で圧迫される痛みはあるかもしれません)。
鍼尖が必ずしも管の中心と一致しないので細絡は狙いにくいです。

バネ式三稜鍼(上が組み立てたもの、下が分解したもの)
鍼管から出ている鍼尖は1mmです

手打ち式三稜鍼

細絡刺絡に使います。
刺さる深さはバネ式同様1~2mm程です。ただ、すみません、バネ式と違ってこちらはチクッとした痛みがあるかもしれません。

手打ち式三稜鍼

吸玉・吸角

ここで紹介するものはポンプをつないで陰圧とするものです。
ポンプは手動と電動があります。

吸玉をわざわざなぜするのか。そうでもしないと血液が出ないからです。太い血管を切っているわけではないので、三稜鍼で突いても点状に出血するだけです。だらだら流れることは、よほどうっ血が強い限りはありません。なので吸玉ができるようなところは吸玉をし、無理なところは手でしぼります。

実際にどんなことをするのか

日本刺絡学会では、刺絡を①井穴刺絡、②皮膚刺絡、③細絡刺絡の3つに分類しています5)

①井穴刺絡

井穴という手足の爪の生え際のところにあるツボから出血させる施術法。
点状出血させて数十滴ほど血液を出します。

のどが腫れて痛みがあるのに対して、人差し指から極少量出血させると痛みが軽くなります。
歯の痛みも軽減します。ただし虫歯自体が治るわけではありません。歯科に行きましょう。
発熱に対しては親指や人差し指を使います。しんどさが軽くなります。
ほか、指の井穴なら頭痛、肩こり、肩・肘・手首の痛み、手のむくみ、こわばり、バネ指、しもやけなどに使います。足の井穴なら腰痛、膝痛、足関節の痛み、足のむくみ、しもやけなどに使います。

末端から血液を極少量出すだけなのですが、手先足先の局所だけでなく、末端に新しく血液を送ろうとするのか、結果的に体の各所に作用します。

刺絡を専門とし、その普及と発展に多大な貢献をした医師の工藤訓正先生がいらっしゃいます。この先生が刺絡に興味をもつようになったきっかけのひとつに、軍医として仏印でマラリアに感染し、その際の悪寒戦慄に対して井穴刺絡をしたところ、戦慄期及び灼熱期の苦痛が著しく軽減したという経験があります。

また井穴刺絡によって自律神経を調整するという考え方もあります。医師の浅見鉄男先生が提唱しています6)

②皮膚刺絡

皮膚刺絡とは、井穴刺絡と細絡刺絡以外の刺絡療法です。皮膚や筋に異常があるところにします。圧痛、硬結、緊張、皮膚色の異常(黒ずみ・暗赤色・紅点など)、掻痒、腫脹、発赤、熱感などが目標となります。

肩背部、腰部は圧痛、硬結、緊張などを目標に、5~6ヶ所切皮して出血させ、吸玉を用います。
後頭部は皮膚が赤色になっているところや圧痛、硬結、緊張などを目標に、5~6ヶ所切皮して出血させ、吸玉を用います。
頭部は皮膚がぶよぶよしているところや皮膚が赤色になっているものなどを目標に、5~6ヶ所切皮して出血させ、手でしぼり出します。

ほか、かゆみのあるところ、肘や膝、足関節など痛みのあるところなど、患部に直接刺絡を行います。

とくに背部への施術は大事だと考えています。内臓の異常が背部に圧痛、硬結、緊張、次に述べる細絡として反応が現れます。そこに施術することで内臓に対してアプローチすることができます。

鍼や灸でもいいのですが、それぞれツボに対しての接近の仕方が違います。
ツボには大きさ、形があって、浅いところにあったり、深いところにあったりし、三次元でとらえることが大事だと考えます。そうしたツボに対して、ツボに刺激がいくように施術する必要があります。
鍼は点あるいは線です。直刺なら点で鍼の長さによって深いところも刺激可能(あくまで鍼先だけで考えています)。水平刺なら浅く線、刺鍼転向すればある程度面に近づけることは可能(鍼体も考慮しています)。
灸は点灸なら文字通り点。鍼に比べたら深い所に届かせるのは難しい。灸頭鍼、棒灸なら面。広く浅く温めます。
皮膚刺絡+吸玉は面。刺す深さは1~2mmほどなので、肩背部のような気胸の恐れがあるようなところでも安全に行うことができます。道具の扱い等に慣れていれば、鍼、灸のように点でツボを捉えなくても、だいたいの面で捉えればいいので、皮膚刺絡+吸玉が一番簡単かと思います(受ける側が嫌がるのであれば話は別ですが)。

ツボに対してどんな施術をするかは、結局のところ、施術者が何が得意なのかによると思います。
なかには接触鍼だけで治療する人もいますし、すごいなと思いますが、誰でも簡単にしかも効果があるのであればそれに越したことはないのでは、とも思います。

③細絡刺絡

刺絡療法の中で最も重要なものです。
細絡(皮膚面にボーフラ状に浮き出て見える拡張した毛細血管)に1~2mm刺して出血させ、吸玉をします。確実に細絡を狙うために、道具は手打ち式を使うことが多いです。
細絡は、点状あるいは短い線状、色が鮮やか、圧迫すると一瞬消えるものを狙います。

細絡

細絡は必ずしも異常時のみ出現する病的現象ではありません。至極健康と思われる人にも見られる場合があります。なので、あれば必ず取るわけではありません。症状、体質などから取るか、取らないかを判断します。

では細絡がなぜ出現するのかですが、はっきりしたことはわかっていません。おそらくですが、炎症などによる局部の代謝亢進の異常、あるいは慢性的な筋緊張による機械的圧迫などにより血液の増加または渋滞に対する代償として、バイパスが形成され、拡張したものと考えられます。

微小循環の模式と細絡の想像図

細絡を圧迫しても消えない場合、既にバイパスとしての拡張機能が終了してその部分に残ってしまったものであり、刺絡してもあまり出血しません。
圧迫して一瞬消えるものは、吸玉をすると噴出することがあり、これはバイパスとしての拡張機能が現在も機能していると考えられます。

痛みやこりの強い部位、不調のある付近には細絡が出現していることが多いです。そのような場所にある細絡は積極的に取ります。
慢性的な肩こり、腰痛、肩・肘・膝などの関節の痛み、顔面神経麻痺や三叉神経痛、喘息や慢性気管支炎など呼吸器系疾患、消化器系疾患、婦人科系疾患などなど、患部や臓器組織に当たるレベルの背部に細絡がないかどうか探し、あればそれを刺絡することで症状の軽減、臓器の機能改善を図ります。

渋滞したところ、うっ滞したところの細絡から血液を取り去ることで、そのところの血管内圧が減圧され、痛みの受容器や神経への圧迫が減り、痛み、しびれなどが軽減すると考えられます。

「バトソン静脈叢」という脊柱管の内外、前後、頚部から仙骨部にわたって静脈叢が存在し、肺や心臓、門脈、骨盤内空の子宮・卵巣静脈などの静脈系がこの「バトソン静脈叢」と連結があることが指摘されています。それぞれの臓器組織が慢性炎症や線維化などで静脈がうっ血すると、バトソン静脈叢の当該レベルもうっ血が強くなり、背部に細絡が出現すると推定できます。そこで、当該レベルの背部から、細絡刺絡あるいは皮膚刺絡をすると、うっ血した臓器の静脈圧も軽減し、末梢循環が促進され、臓器の機能も改善すると推定されます7)

また「モヤモヤ血管」と呼ばれているものがあります。これは医師の奥野裕次先生が指摘したもので、五十肩やひざの痛みなど、長く続く痛みの場所には、モヤモヤと糸が絡まったような病的な血管が作られていくそうです。そして血管と神経とは対になって増えるという性質があるため、この血管の周りに神経も新たに伸びていき、その神経が痛みの原因になることを指摘しています8)
奥野先生はそれに対してカテーテルを使って薬を入れて、モヤモヤ血管の流れを遮断する治療をしています。
細絡は皮膚表面に見えるモヤモヤ血管と考えられます。そこに刺絡・吸玉をすることでモヤモヤ血管を破壊し、余分な血液を取り除くことで痛みが軽減しているかもしれません。

痛みをとろう.comより引用

まとめ

  • 刺絡とは、皮膚表層の毛細血管を刺すもので、深さとしては1~2mm程。
  • 瀉血とは違い、太い血管は対象としないので、出血量としては極少量。ただし細絡刺絡では20-30cc位になることはあります。
  • 血液が渋滞しているであろうところのこりや痛みのある場所、皮膚の色が変化している場所、細絡、井穴(手足末端)から血液を極少量出すことで、血液の循環を改善します。新しい栄養、酸素を細胞に届け、不要になった物質や二酸化炭素を除去、その結果、自然治癒力を高めます。
  • 余分な血液を取り除くことで血管内圧が減り、痛みの受容器や神経への圧迫が減って痛みを軽減、あるいは無駄にできた血管を破壊することで痛みを軽減させます。

参考文献
1)賀普仁著, 名越礼子訳『鍼灸三通法』東洋学術出版社,2009
2)上馬場和夫「伝統医学の可能性―最も古いものに最も新しいものがある―」『日本補完代替医療学会会誌』第1巻第1号,63-76,2004 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcam/1/1/1_1_63/_pdf/-char/ja
3)藤倉一郎「ジョウジ・ワシントンの死について」『日本医史学雑誌』第47巻第3号,524-525,2001 http://jsmh.umin.jp/journal/47-3/524-525.pdf
4)上馬場和夫「インド伝統医学における刺絡療法:静脈不全から考察する刺絡の作用機序と方法(「静脈の循環系ハブ仮説」「静脈鬱血性疼痛仮説」「インテグラル鍼灸治療」の提唱)」『日本刺絡学会』第17号1号,28-55,2016
5)日本刺絡学会編『新版 刺絡鍼法マニュアル』六然社,2012
6)浅見鉄男『21世紀の医学 井穴刺絡学・頭部刺絡学論文集』近代文芸社,1998
7)上馬場和夫「刺絡の作用機序に関する一考察:椎骨静脈叢鬱血改善作用説」『鍼灸OSAKA』Vol31.No1,29-33,2015
8)奥野祐次『長引く痛みの原因は、血管が9割』ワニブックスPLUS新書,2015

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